嫉妬は、とてもナチュラルな感情です。怒りや悲しみ、偽りなどほかのネガティブな感情は、ままならない感情が蓄積されて起きますが、嫉妬に関してだけは自らが飛び込もうとして起こる感情でないのが特徴的です。「私、これから嫉妬します」と思って、嫉妬する人はまずいないものです。また、嫉妬は困ったネガティブ感情で、みじめさや羞恥心のチェーンとつながっています。これは自分を持っていないにもかかわらず、自分ができないことを他者が達成していることに反応して、自然とわきあがってくる感情だからです。妬みから、勝手に自分を追い込んでみじめになったり、自分の存在を恥に感じてしまったりします。かつて私自身も20代の頃、“嫉妬の神さま”に取り憑かれたことがあります。活躍している友人を始めとするすべての人たちに嫉妬を感じていました。同性に対してならばまだしも、異性や自分の恋人にすら嫉妬を感じるほど強靭で根深いものでした。嫉妬の対象である彼は、太陽のように明るく、公明正大で、喜怒哀楽が豊かな人で、まわりのみんなから好かれていました。ふつうだったら、そんな理想的な恋人を誇りに思うはずなのに、ひねくれていて、一生懸命プライドを保っているだけの倣慢女の私にはそう思えなかったのです。誰にでも好かれる彼の太陽のような人柄が私をみじめに感じさせ、許せないとどこかで思っていました。今、思い返せば、あの想いは、まだ何者にもなれていない自分への憤りだったのでしょう。秘めている才能を発揮したくて仕方ないのに、発揮できていない苛立ちと、それをやすやすと手に入れてしまったように見える人への羨望だったのだと理解できます。その後、このままでは自分がダメになると感じ、その外へ向けているネガティブなエネルギーをポジティブなエネルギーに変えて自分の内へ向けようと一念発起し、強い意思を持って行動したら、いつの間にか嫉妬の神さまは私のなかから出て行ってしまいました。私ほど嫉妬の神さまに愛された人はいなかったと思います。でも今では、あの感情があったからこそ今の私になれたと感謝すらしているほどです。自分の才能を信じたうえでの嫉妬は、けっして悪いだけではなく、「自分を生きよ!」というメッセージなのです。人をうらやましがるという感情も、ひとつ間違えれば嫉妬となってしまいます。人をうらやましがる人は、自分からものごとにチャレンジをしない人に目立ちます。それは、失敗を恐れ、自分のプライドが傷つくことを避けているからです。そのくせ、誰かが成功すると「いいなあ」とうらやましがり、「運がよかったよね」とその人の努力を認めようとしません。『他者の成功は、自分の幸せにもつながっている』という宇宙の原理を忘れてはなりません。類は友を呼ぶ、といわれるように、幸せオーラを放っている人からは幸せのおすそわけをもらえるのです。逆に、負のオーラを発している人といっしょにいると、あなたが幸せへと向かう足を引っ張られてしまいます。そして何より、私たち自身がポジティブな光の存在にならない限り、幸せなオーラを放っている人と出会うことはできないことも覚えておいてください。
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